3.会社売却前にしておくべき準備

3-1. M&Aの準備の意義

売り手にとっては当然のことでも外部の人に理解してもらうには相当の努力が必要です。
売り手企業の実情について外部第三者は全く知らないという前提で、
買い手目線を意識した準備をする人にM&A大成功という報酬が与えられるのです。

また、買い手は、主として売り手から開示される情報を元に
売り手企業のM&Aの検討をする価値があるかどうかの判断をします。
売り手からの開示情報が貧困な状態ですと入口段階で謝絶され、
提案ステージ直後から買い手候補がほとんど脱落したり、
もしくは価格等の条件面で大きく妥協しなければならなくなります。

十分な時間をかけて準備できるように、早めにスタートを切ることが重要です。

3-2. M&Aの特殊な性質をふまえた準備

前述のとおり、M&A取引は、資産取引(株式という資産の売買)という一面とともに、
M&Aプロセスの中での価値創造という面を併せ持っています。
M&Aの特徴を意識して、効果的・効率的に準備をすることが重要です。

資産取引という面での準備としては、欠陥の治癒
価値創造という面での準備としては、経営資源の補完、シナジー関連の準備が挙げられます。

企業価値のイメージ

3-3. 欠陥の治癒

M&A取引では、通常、初対面の買い手も候補に含まれますから、
第三者視点で欠陥と見えてしまう要素は、たとえ通常の経営上支障がなくとも、極力排除または軽減、少なくとも治癒方法の整理をしておくことが重要です。

買い手が行うDD(デュー・ディリジェンス)は基本的に減点方式での評価です。
「こうすれば治癒できるはずです。」というのと、
「すでに治癒していて副作用もありませんでした。」というのではリスク評価において雲泥の差があります。

欠陥の治癒のイメージ

車やマンション等の資産を売るときの準備(掃除など)と発想は同じです。
ノーマルな状態にまで戻し、不要な減点を避けるということです。

会社の場合にはちょっと複雑になります。
まず、会社のビジネスモデルを反映した簡単な数値モデル(エクセル等の表計算ソフト)を準備し、
理論上の利益と過去実績を比較して、理論値を下押ししている原因を特定して、
改善策を実行(欠陥を治癒)します。

この作業の結果、自分の会社がよく見えるようになり、外部への説明をしやすくなります。
また、後述のプロセスの土台ともなる準備作業であるため、説明力のあるモデルになるまで試行錯誤をします。

まずは動く、というタイプほど起業に成功しやすいと思います。
しかし、臨機応変さと行動力で状況に適応し続けてきたために、
今となっては何がどう貢献して現在の業績となっているのか、
今後何がどうなれば将来の業績がどこまでいけるのかを、
自分の頭ではわかっているつもりでも、
外部の人にわかりやすく説明することはできないという社長は意外と多いものです。

この数値モデル策定作業の間において、
「企業価値」という買い手と共通の尺度を強く意識し続けることが重要です。
費用を削減しても企業価値が下がっては意味がないですし、
売上が増加しても企業価値が下がっては意味がありません。
企業価値を高めるために必要な費用はしっかりと支払い、
企業価値を低めている費用や支出は合理化していくというバランス感覚が重要です。

また、買い手が実施するDD(デュー・ディリジェンス)で
指摘されやすい事項についても事前に発見し治癒します。
例えば、未払残業代・社会保険料、不良在庫、不良債権、重要契約の不備、簿外債務・偶発債務などの専門家DD項目が挙げられます。また、専門家DD項目以外にも、ビジネスモデルの継続性に不安を覚えさせるようなビジネスDD関連の欠陥(重要な取引先との間での問題、役員・従業員のキーマンに関連する問題など)については、影響が大きく繊細な問題ですから、しっかりと時間をかけて治癒するべきでしょう。

3-4. 経営資源の補完のシミュレーション

次に、経営資源の補完に関する準備の説明をします。 経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の補完には、以下のタイプがあります。

  • ヒト:人材増強(経営者、専門人材、一般従業員)
  • モノ:事業用設備やIT インフラ等の借用
  • カネ:資金増強
  • 情報:情報(ノウハウ)獲得

経営資源の補完のイメージ

イメージとしては、

  • いい商品があり、開拓余地も十分あるのに営業マンが不足している
  • 進出すれば成功できそうなエリアがあるのに近くに製造工場がない
  • 出店で一気に市場シェアを獲得できるが、先行投資負担に自社単独では耐えられない
  • 海外市場での成功可能性が高いのに海外事業ノウハウがいない

などの場合に
外部からの経営資源の補完による企業価値向上効果を、
「もしもあったらベース」でシミュレーションをするものです。

つまり、あなたの会社が潜在力(ポテンシャル)を発揮できていない原因を把握し、
前述の数値モデルを活用して定量的に説明できるようにしておく、という準備になります。

さきほどの欠陥の治癒は単独でも可能なことが多いですが、
経営資源の補完については、M&A の相手の協力がないと難しいものが多いですから、
相手の具体的名称と相手が保有している具体的な経営資源を想定しながら
反復シミュレーションすると効果的です。

数字だけ一人歩きしても意味はありませんが、
数字にしておかないと、わかりやすく言葉で説明することができません。
重要なのは、企業価値という共通尺度に固執し、
どのような経営資源を補完すれば企業価値がもっとも大きくなりそうか、
どのような補完策の成功可能性が高いか、
という観点で、優先順位をつけ、おおまかに評価しておくことです。

相手からすれば、効果や実現可能性を懐疑的にみられやすい部分ですので、
わかりやすく、事実に基づき論理的に説明できるよう、開示情報を準備しておかないと
外部第三者(買い手や買い手のアドバイザー)からは評価しようがないため、
経営資源補完による企業価値向上の余地はないという評価になってしまうのです。

また、不足する経営資源について、資金があれば調達可能なものと、
資金だけでは調達が困難なものに区別しておくことも重要です。
資金力で解決できる不足経営資源は、相手選びの際に重要な要素となりにくく、
幅広い選択肢を維持できます。
一方で、極めて効果的な補完策ではあるものの、
必要な経営資源を有している企業が少ない場合には、
選択肢が限定されてしまい交渉上不利になりますので、
他の企業価値向上策の重要性が高まります。

3-5. シナジーのシミュレーション

シナジーは、
2つの事業体が有機的に結合し、相互に影響を与え合う中で新たに生まれる価値と定義することができます。

シナジーには大きく2つのタイプがあります。

  • キャッシュイン拡大シナジー(売上増加など)
  • キャッシュアウト削減シナジー(費用削減、投資削減など)

シナジーのイメージ

それぞれ、売り手企業に作用するシナジー(下向き)と
買い手企業に作用するシナジー(上向き)に分類されます。

買い手からすれば、買収後の連結ベース企業価値が大きくなることが重要ですので、
自分の会社への影響のみならず、
相手の会社に与えられそうな貢献についても検討しておくことが重要です。

自社単独ベースで検討できる経営資源の補完より、
シナジーはさらに説明が難しくなりますので、
まず、(下向きシナジーの一部を構成する)経営資源の補完を整理し、
次に双方向のシナジーについての準備をすることが現実的です。

経営資源の補完について徹底的に検討しておくと、
自分の会社を客観的・合理的に説明できるような状態になっていますので、
シナジーの検討についても幅広く、実現可能性を評価しやすいアイデアを考案できると思います。

シナジーのシミュレーションは、おおまかに想定するだけでも
かなり難易度の高い作業となります。

売り手企業の詳細(市場、競争、ビジネスモデル、経営資源、実績、財務、その他特徴)に加え、
各買い手候補の詳細(同上)についても把握してからでないと意味のある検討はできません。

創業経営者は営業タイプか開発タイプが多いですから、このような作業が一般的に苦手です。
しかし、ややこしい、面倒臭いと考え、必要な準備を怠ると、
相手選び、交渉方法の選択、開示情報の内容・見せ方、個別交渉時の説明方法といった重要なM&Aプロセスでミスジャッジを招き、売却価格や会社の将来性に大きなプラスをもたらすチャンスを棒に振ることにつながりかねないのです。

3-6. M&A用の事業計画の策定

非上場の中堅・中小企業の場合には、銀行向けの事業計画があるくらいで、M&Aで利用できるレベルの事業計画を策定しているケースはまれと思います。計画なんて作っている暇があったら売上を1円でも多く作ることが重要、というのがむしろ普通ではないでしょうか。

しかし、十分に練られた事業計画を買い手候補に開示することで、
全ての買い手候補が、他の買い手候補も見ている数字として意識せざるを得ませんから、
事業計画はM&Aを成功させるためには必要不可欠です。

M&A用事業計画のイメージ

事業計画で重要なのは、金額の大きさではなく信頼性です。

希望的観測(市場が急拡大するとか、画期的新商品がバカ売れするなど)を前提として、
バラ色の事業計画を開示するケースを散見しますが、
このような事業計画は基本的に効果なし、場合によっては逆効果と考えてください。

今までの準備プロセスで、幅広く詳細に、事実に基づいた検討をしていますから、
実現可能性のある魅力的な事業計画を策定することが可能です。
買い手候補としても、信頼できる前提に基づく事業計画があると、社内での稟議も通しやすくなり、シナジー効果やリスク対処方法を具体的に検討しやすくなりますから、
結果として、魅力的な条件を提示してくれやすくなるのです。

また、具体的な検討を効率的に検討するための土台ともなりますので、
よく練られた事業計画があるかないかで、買い手候補が本格的な検討をするかしないかの判断の分かれ道になる場合もあり、有力候補に交渉テーブルについてもらうための鍵にもなります。

さらに、買い手が必ず気にするのが連結会計上の「のれん」です。
純資産を上回る価格で買収すると発生し、
償却(費用化)されるため買い手の利益を圧迫します。
のれんの長期間償却(単年度の費用負担軽減)が可能か、減損損失として一括処理されずに済むかについては、
買い手の監査法人のチェックの下、事業計画の詳細な前提条件や実績の進捗状況を総合的に勘案して決められます。
買い手の負担感を減らすためには、根拠となる合理的な事業計画が欠かせません。

事業計画は、少なくとも、

  • 長期的に目指しているゴール
  • 現状の課題認識と具体的な改善施策
  • 進行期の着地見通しと今後3~5年の計画PLは必須です。

できれば、投資額や調達額もわかる計画BSと計画CFも準備しておくとよいと思います。
また、外部第三者でも誤解なく理解できるよう、過去実績の連続性に配慮し、適切な部門別表示をするなどの表示方法の工夫も重要です。

3-7. 開示資料の準備

M&A の交渉では、非常に多くの資料を開示することになりますので、
早め早めに資料を準備しておくと、気持ちに余裕をもって交渉に臨むことができます。
一般的に買い手及び買い手のアドバイザーから要求される資料は以下のような資料です。

  • 会社の基本情報(定款、株主名簿、登記簿謄本、議事録、稟議書、社内規定等)
  • 組織に関する資料(組織図、役員・従業員一覧等)
  • 事業計画(中期事業計画、計画の前提条件に関する説明資料等)
  • 財務税務情報(財務諸表、勘定明細、税務申告書、試算表、資金繰り表等)
  • 内部管理資料(週次・月次管理資料、企画・営業会議資料等)
  • 設備・店舗に関する資料(販売店・製造工場に関する資料等)
  • 重要な契約書(顧客・仕入先等との契約書、金融・不動産関連の契約書等)
  • 労務に関する資料(出勤管理表等)
  • 紛争クレームに関する資料
  • 許認可に関する資料
  • 当局調査に関する資料

上記の資料だけでも大変ですが、本格的なM&A交渉プロセスでは、
開示資料のファイル数が1,000ファイル以上になることもザラですので、
重要な資料については早めに探して整理しておくとよいと思います。

3-8. 社内での情報管理の重要性

会社と売り手オーナー社長のために汗を流してきてくれたナンバー2は、
会社がM&Aで売却されるということを知ると、以下のようなことを考えます。

  • 「絶対的権力者がいなくなる自分にとってピンチでありチャンスでもある。」
  • 「新しいオーナーの下で自分の雇用が守られるか?給料は維持されるか?」
  • 「相手次第では自分が必要と認められ、悲願のナンバー1になれるかもしれない。」

家族、教育費や住宅ローンを抱え、野心くすぶる正常な方であれば
このようなことを考えるのは当然です。

ここで踏みとどまって、長年お世話になったオーナー社長のために
最後のご奉公と全身全霊でM&Aのサポートをするナンバー2もいれば、
残念ながら、誘惑に負けて、長年お世話になったオーナー社長よりも
自分の利益を優先するナンバー2も実際に多いのです。
(自分にとって都合のよい買い手候補に情報をリークしたり、
M&Aが成立しないようにマイナス情報を大げさに伝える、といった行動です。)
機密情報を全て知っているのですから、M&Aの成否に大きく影響します。
ナンバー2の方の能力、希望、性格等を総合的に勘案して
いつどこまで開示するかを必ず検討してください。

また、一般従業員には最後の最後まで一切知らせないことは言わずもがなです。
会社が売りに出る、というのは日本の一般の方にとっては
悪いニュースとして受け取られがちですし、
うっかり取引先に漏えいすると業績に悪影響が出る可能性もあります。
当然のことながら進行期の業績が悪化すると売却価格の交渉がより難しくなってしまいます。

適切なタイミングで、範囲や言い方を十分に考えて伝えることが大事です。

3-9. M&Aの準備のまとめ

M&Aでの会社売却で成功するためには、
短期間で複数の外部第三者に、自分の会社の潜在力、将来の可能性やリスクを
評価してもらうという難しい課題をクリアしなければなりません。

M&Aの準備の内容は以下の5つでした。

  • 欠陥の治癒
  • 経営資源の補完のシミュレーション
  • シナジーのシミュレーション
  • M&A用の事業計画の策定
  • 開示資料の準備

過小評価される原因をあらかじめ削除・軽減したりするための準備と、
潜在力や成長可能性を短期間で深く理解してもらうための、わかりやすく、客観性の高い、
整合性のとれた情報開示体制の準備にわけられます。

また、よくあるM&Aでの安値売却の理由として、
「DDや交渉の負担が当初想定の何倍も大変だった。」
「もうこの相手とこの条件でいいよ。」
という投げやり心理に陥りやすい点が挙げられます。

膨大な資料準備や厳しい質問を浴びせられてヘトヘトになってしまうのです。
面倒な作業であるからこそ早めの準備をすることで、
気持ちに余裕をもって本番の交渉に臨むことができるのです。