5.会社の売却価格のメカニズム

5-1. 理論的な株式価値

株式価値は理論的に確立された算定評価方法が存在します。
(まれに相続税評価額をM&Aでの取引価格として使用する税務専門家がいますが、
相続税評価額は相続税の税額を客観的に算定するための計算式であり、
売り手と買い手の合意により決定されるM&A取引価格とは本来無関係です。)

ややこしい計算式はここでは省略しますが、これだけ覚えてください。

株式価値 = 企業価値 - 純有利子負債

企業価値と株式価値のイメージ

企業価値とは事業全体の価値のことです。
将来キャッシュフローを、事業のリスクに応じた割引率で割り戻した現在価値ですが、
計算が大変なので、より簡便なEBITDA倍率法で概算するのが一般的です。

EBITDA(Earnings Before Interest, taxes, depreciation and amortization)は、
償却前営業利益のことで、営業利益を基礎として、営業利益から引かれている減価償却費を足し戻せば
簡単に計算できます。

企業価値の評価で大事なのは、経常的な水準、実力を示す水準を基礎とした評価ですので、
営業利益に含まれる一時的な損益、過大な費用等は調整します。
つまり、

調整EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + 一時的費用 + 過大費用

となります。

営業利益1,000万円
減価償却費 200万円
一時的費用 200万円(例えばM&Aアドバイザーへ支払う着手金等)
過大費用 1,000万円(創業経営者が引退した後で削減可能な役員報酬等)
の場合には、
調整EBITDAは、2,400万円となります。

EBITDAに、倍率を掛け算して、有利子負債を引き算すると、株式価値となります。
売却する株式比率を株式価値に掛けると株式売却額が計算できます。
ここから株式譲渡益にかかる税金(20% ※個人株主の場合)を引き算すると手取り額となります。

理論的な株式価値の評価方法には、

  • ディスカウンテッド・キャッシュフロー法(DCF法)
  • 市場株価法
  • マーケット・マルチプル法
  • 時価純資産法
  • 修正簿価純資産法
  • 配当還元法

など、さまざまな種類の計算方法が存在します。

非上場企業には市場株価法は適用できません。純資産法は、本来、会社を清算した場合の回収可能額の価値評価方法です。
また配当をしていなければ配当還元法での評価は困難です。
将来性のある企業の価値は、DCF法(現実的な事業計画を基礎に計算)かマーケット・マルチプル法(個別事情を総合的に勘案)でなければ適正に評価することができません。

5-2. 現実の株式価値評価(値決め)

現金を持っている方が最終的には強いというのがこの世の常ですから、
買い手が払ってもいいと思う価格の範囲で、どうしても払わないと買収できそうもない価格、が交渉の中で決められる実際の売却額(値決め)となります。
売り手は、その価格を受け入れて売却するかどうかになります。

M&A交渉に競争環境がある場合には、
他の候補会社が提示してもおかしくない価格まで上がります。

買い手Aの値決めのイメージ

大企業などで投資銀行がFAとして交渉サポートをするケースでは、将来キャッシュフローに成長やシナジーを加味した価格までの引き上げをサポートしてくれますので、超高額での売却も生じます。その会社の成長性やシナジー効果への期待が大きく、ライバル企業に買収された場合の脅威まで加味される場合は、EBITDAの何十倍や何百倍もの金額で評価されるケースも生じます。

一方、中堅・中小企業の場合には、採算性の関係で、高度に訓練されたM&Aバンカーが所属する投資銀行やハイレベルな独立系FA がサービスを提供できません。そのため相対交渉を基本とし、投資銀行等で十分な経験を積んでいないブローカーが仲介するケースが多くなり、競争環境がない状態での交渉、潜在力や成長可能性を反映した価格を目指すための説明や説得がない交渉となることで、最適とは言い難い相手への売却、過小評価での売却となりやすいのです。

このような状況下で中堅・中小企業オーナーが適正な価格で売却するためには、
会社を売却するオーナー自身が、M&A市場について勉強して、しっかりと準備することが重要なのです。

そうすることで、純資産ベースの価格やEBITDAの2~3倍ではなく、適正に潜在力や成長性を反映した価格で売却する道が開けてきます。

<純資産ベースの価格の意味>

純資産に数年分の営業利益を加算した価格の意味を買い手の立場にたって説明します。
買い手は、連結会計上、のれんを計上しその償却負担が利益を圧迫すると説明しましたが、
償却期間を5年という一般的な期間とし、
法人税等の税率を40%としますと、
買い手は、純資産に営業利益の3年分(税引後利益の5年分)を加算した価格以下で買収することで、(営業利益が維持可能なら)(5年間利益は少ないものの)赤字を避けられ、
そのあとの利益はすべて取り込めます。
また、シナジーのほぼすべてが買い手のものになります。
買い手にとってはリスクを限定でき新たな価値の大半を取り込める計算方法ですからありがたいのですが、
以下の点で売り手にとっては不利となりやすい方法と言えます。

  • 非上場企業は節税等の結果、純資産、営業利益ともに実力よりも小さく見えやすいこと
  • 各企業固有の成長可能性が反映されないこと
  • 両者の力で生じるシナジーのほぼすべてが買い手のものになるため不公平であること

この方法で計算された価格が妥当なケースは、純資産が十分に積みあがっていて、営業利益が安定推移することが見込まれ、かつ、シナジーがほとんど見込まれない場合ということになります。