1.会社売却の相場について

1-1. オリジナル相場

まず、会社の売却相場があると思い込んでいる方は大きな間違いです。
相場はあるのではなく、M&Aプロセスの中で自ら作り上げるものです。

M&Aは、個別性の強い「会社と会社の新結合」といわれており、
新結合プロセスの中で新たな価値が生まれます。
不足する経営資源を加えることで本来の実力を発揮できるようになったり、
合理化、業務上の連携、金融技術や税務メリット等を組み合わせることでも新たな価値を創造できます。

また、他の資産(不動産や動産等)の売買と、
会社という生き物を経営する権利である株式の売買は、
根本的に異なるものであることも理解してください。
前者には定型的な取引相場がありますが、
後者は個別性(組合せややり方次第で結果が大きく変わる性質)が強く一般化しにくい取引なのです。

不動産市場とM&A市場

会社を高く売るというと、真実の価格よりも高い値段で売りつけるといった悪いイメージを持たれる方が多いようです。

真実の価格という一律の価格が存在しているという思い込みがこの誤解の原因です。
M&A取引において、たった1つの真実の価格というものは存在しません。

同じ人でも会社Aでは給料500万円、会社Bでは給料1,000万円と
役割とスキルの組合せ次第の「貢献度」に応じて給料が定まるのと同じで、
売り手会社も買い手会社にとっての「貢献度」によって大きく価値が変わるのです。
自然人に真実の価格がないのと同様、法人(会社)にもありません。

売り手が、

  • 自分の会社が所属する業界の動向
  • 競争環境、競合企業の状況
  • 自社の特徴、強み、弱み、成長余地やボトルネック
  • 自社の成長可能性とリスクの内容と対処方法

を具体的に説明し、
買い手が、

  • 現実的な事業計画、ビジネスモデル、市場・競合環境、模倣リスク等

を検討することを通じて、
想定以上に幅の広い条件がいろいろな買い手候補から提示される可能性のある、 あなたの会社専用(オリジナル)の売却市場(相場)が形成されるのです。

1-2. 高く売ると買い手が損?

また、よくある会社売却の相場に関する誤解として、
会社を高く売るとイコール買い手は損をする、
と考える方が多いのですが、多くのケースでそれらの心配は全くの杞憂です。

買い手は自ら支払ってもよいと思う最大金額の一部を払うだけですから、
買い手は損をしていません。

具体的に理解してもらえるように設例で確認してみます。

売り手企業は業種甲に属し、純資産が5億円、営業利益が2億円とします。
売却準備をしなくても簡単に説明できる同じ業種甲の会社AにM&Aの提案をしたところ、
純資産にプレミアムをつけて8~12億円(中央値10億円)が提示されたとします(ケースA)。

次に、異業種の業種乙に属する会社Bに、売り手企業の有する経営資源
(地域や顧客といった事業基盤、技術・ノウハウ、取引先、知的財産等)の活用方法等を
しっかりと説明したところ、
会社Bにとってシナジー効果を含め30億円の価値があると会社B内で評価され、
20~30億円(中央値25億円)が提示されるとします(ケースB)。

最後に、投資ファンドである会社Cに、
資金不足を解消し、テコ入れをすれば成長ポテンシャルが十分にある上、
LBO(レバレッジドバイアウト)やタックスプラン等の高度な手法を駆使することで、
投資成功のために必要なIRR(内部収益率)を確保可能と評価され、
25~35億円(中央値30億円)が提示されるとします(ケースC)。

ケースAと比較すると、ケースBやケースCは高く売ったことになります。
ケースBではケースAの2.5倍、
ケースCではケースAの3.0倍です。

しかし、会社Bや会社Cは損をしているでしょうか?
ケースBでは、重要で希少な経営資源をディスカウント(割引)価格で獲得できます。
ケースCでは、必要なIRRや将来の売却益を獲得できる投資機会を得ることができます。

会社Bや会社Cは損をしていないどころか得をしています。 もちろん、少しでも安い価格で買収したいと思うのが普通ですが、 会社Bにとっても、会社Cにとっても、 買収できなかった場合に比べれば明らかに得をしているのです。

1-3. ゼロサム取引とWin-Win 取引

一般的に、取引というものは、
参加者がお互いに奪い合うゼロサム取引と、
参加者がお互いのメリットを大きくするWin-Win取引
の2種類に大きく分けることができます

ゼロサム取引とWin-Win取引

本来、M&Aは、お互いに奪い合うゼロサム取引ではなく、
お互いに協力してより大きな価値を創造するWin-Win 取引であるべきです。

言い換えるならば、M&Aは、取引参加者が協力して売却対象会社の潜在能力を最大限発揮できる環境を創り上げることで、新たな価値を創造し、その価値を取引参加者でシェア(配分)するプロセスといえるのです。

会社売却取引をWin-Win取引として捉え、
シェアする源泉である企業価値を最大化することに注力することが大成功の秘訣です。

そもそも2社協力の結果として創造される価値を最大化し、社会に提供することこそがM&Aの王道であり、社会的存在意義であると思います。

逆に、買い手のメリットやリスク回避の手段を合理的に説明するための準備をしない場合、
新たな価値という、取引における良い意味でのギャップ(乖離)が創造されないため、
ゼロサム取引に巻き込まれ、大失敗(安値売却、不適当な相手への売却、業績下降、従業員離散)につながる可能性が高まるのです。

1-4.M&Aはマネーゲーム?

家族や親しい友人に、M&Aによる会社売却についての相談をすると、
「自分だけ逃げるのか!」
「従業員が大事じゃないのか?」
「そんなにお金が大事なのか!」
などという批判を浴びせられることも実際にあるようです。

日本ではM&Aに関してマスコミが偏向的に報道してきました。
一般の方にとってマスコミ報道が唯一の情報源であるケースが多く、
M&Aに関してマイナスイメージが定着しています。

しかし、そもそもM&Aは手段(ツール)にすぎません。

需要減少、供給過剰という厳しい競争環境と対峙しつつ、
さらにグローバル競争、新たな産業革命といった変革の大波を乗り切るためにも、
国民の生活水準を維持するためには生産性向上が必要と叫ばれる中、自社単独では実現することのできない劇的な生産性向上を実現するためにも、
M&Aは積極的に使うべき「有効な課題解決ツール」の1つなのです。

ツールを使う目的、使った結果について議論をするなら建設的な意義がありますが、
ツールを批判しても意味はないと思います。

M&Aの目的が、誰かから奪う(ゼロサム取引)ことで自分だけが大金を得たい
という守銭奴的な目的であれば、「マネーゲーム」という批判をしても、
倫理的な価値観の表明としての意味はあると思います。
(そのようなプレイヤーが市場から消滅した場合の影響について
冷静な議論が必要となりますが。)

しかし、
企業価値、社会貢献を最大化すること(Win-Win取引)がM&Aの目的であれば、
M&Aを選択することを批判するのは的外れです。

具体的目標(「会社を高く売る」)を堂々と掲げ、
その源泉である企業価値最大化のための努力(「M&Aの準備」)をすることは、
賞賛されるべき行為であり、後ろめたさを感じる必要は全くありません。

ただし、後述のとおり、企業価値と実際の売却額(値決め)は完全にはリンクしません。
だからこそ、複数の買い手候補との間で並行的に交渉し、
どの買い手との組み合わせが最も社会貢献を大きくするか、
を把握した上で、総合的に検討し、売り手として決断することが重要なのです。

ところで、他人の思考回路を変えることは困難を極めます。
長時間をかけて説明しても、思い込んでいる人を説得することは難しいと思います。

オーナー社長は平時でさえ孤独になりやすい立場ですし、
M&Aの交渉というストレスがかかりやすい状況を控えているのですから
不要な心労は絶対に避けるべきです。
M&Aの決断は当面の間、自分の胸に秘め、できるだけ他言しないことが賢明でしょう。